山盛りの不安を抱えつつ着いたインドはー。。。

デリーの空港で強引な客引きに、高いホテルに案内されたと言うトラブルが多いみたいなんで、事前にホテルを予約し迎えに来てもらった。税関を出ると私の名前のスペルを3箇所くらい間違えてる紙を持った男を発見。案内され乗り込んだぼろぼろの車。男は”ちょっと待ってください”と言い、車から降りると運転席に背を向けその場で立ちションを。。。インドだなー!と思った。

デリーでの1日目は市内観光を予約。朝9時に団体バスに乗り込むと、乗客は皆インド人。ガイドももちろんインド人なんだけど、観光案内は英語。ちょっと想像してみて欲しい、私の違和感を。白人が始めての日本旅行で”はとバス”に申し込んだとしましょう。乗り込んだ車内は皆日本人で、ガイドも観客も英語を話しているとしたら???と思うでしょ?あとで聞いたらインドは広く皆がヒンディーを理解するわけではないので、国際共通語で ある英語での案内にしてるんですよとの事。つまり私はインド人おのぼりさんと一緒に観光して回ったのでした。別に不自由はないけど、観光地はどこもインド人見物人でごった返しており”はい、ここで 30分後に集合です”となってバラけた時に、どの人が自分と同じバスの人かわからなくなって しまうのがちょっと難点なのでした。
でも当然皆さんの方は、何かの間違いで紛れ込んだような私の事をよく見ていてくれて 私がきょろきょろしていると”トイレはあっちですよ”とか”ここで靴を脱いで 預けるんですよ”などと教えてくれ。おかげ様で迷子にもならず、無事に楽しく観光をすることができたのでした。そして翌日申し込んだアグラ日帰り観光も同様だったのでした。。。

アグラと言えば世界遺産タージマハル。 石好きの私にはたまらん美しさ。まだ機械も無い時代に22年も掛けて、よくこんなモン造ったなぁと、人間の一念に感動。 2時間居たけど今度は開館の6時半から終日あそこで過ごしてみたいと思った。

そんなこんなでデリーでの3日間はあっと言う間に過ぎ。次なる街ジャイサルメールに移動です。メインバザールからオールドデリーの電車駅までオートリキシャで80ルピーくらいと 聞いていたけど、つかまえた運ちゃんは150ルピーと言い。

運ちゃん:今は渋滞しているから150ルピー!
私:それなら100ルピー!
運ちゃん:あなたは美人だね、だから120ルピー。
私:あなたはハンサムね、だから100!
運ちゃん:僕をハンサムと思うなら120!
私:私を美人と思うなら100!

この時点で運ちゃんは笑い出し、周りの同業者に今の会話を話し、皆で喜んでる。 私が、じゃあ間とって110にしましょうよと言うと彼も同意し交渉成立。走り出してから彼は「あなたは自分が話した日本人の中で唯一フレンドリーな日本人だ」と言い。 25歳の彼は19歳から運転手として働いているとかで、自分の事、私の事、駅に着くまでの 約30分間、四方山話をした。「僕が19歳のときに1週間、バルセロナから来た40歳の女性をラジャスターン地方を案内したんだ」「旅が終わってデリーに帰って来た時、彼女は僕にプロポーズしたんだよ、僕を愛していると」「でも僕は断ったんだ、友達にはなれるけど、結婚はできないと」「神様は僕に良い人と悪い人を見分ける眼をくれたんだ」「あなたは良い人だ。今度デリーに来たときは僕に連絡して。一緒にコーヒーを 飲みましょう!」そういって彼は私に名刺をくれました。

社交辞令でしょうけど、、、私のハートはあったかーくなりました!一人旅は人との出会いが楽しい。さてさて今はデリーから寝台列車で20時間の砂漠の街ジャイサルメールに来ています。

まだまだ旅はこれからです。

 

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今回の旅でテレビがあったのは最初のデリート最後のカトゥマンドゥのみ。 朝早い時間は宗教関係の番組が多かったです。額の3本線はシバ神を表すんだそう。

 

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デリーのメインバザール。インドのノラ牛はこぶ牛ばかりかと思っていたのだが、こんな見慣れた柄も。

 

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メインバザール

 

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タージマハル。この墓の主である王妃様は、王様に愛されすぎたために14人の子供をもうけ、 それがもとで身体を壊し、36歳の若さで亡くなったのだとか。。。

 

若かったなぁ、私。

 

 

 

 

 

 


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